各種のコラム -- 3ー182 日本でイノベーションを起こす!?
2025年11月10日
3ー182 日本でイノベーションを起こす!?
日本では失われた30年と言われ、イノベーションが起きないのが問題といわれます。
アベノミクスの3本の矢の、金融緩和と積極財政でデフレの克服はかなり希望が見えてきましたが、3本目の矢の
「民間投資を喚起する成長戦略」でイノベーションを起こすというのは成果が見られません。
最近のイノベーションというと、まず思い浮かぶのが、AIの大規模言語モデルです。その起点になったともいわれる
”Attention Is All You Need” の論文で「Transformer」が提唱されたのは
2017年です。それからは、「Transformer」を用いるAI言語モデルの大規模化が進んだといえます。
そしてその最初の論文からもう10年近く経っています。そのあいだも、AI関連では注目の論文が書かれていますが、
2019年の、Physics−informed neural network(PINN)や
2023年の Mamba:Linear−Time Sequence Modeling with Selective
State Spaces などこれらの3つの論文は米国の企業や大学の人が書いたものです。
日本からも、AI関連の論文は多くでていますが、日本人が日本で書かれた論文より米国で書かれた論文に
注目するという現象もみられます。日本のAI関連の投資はイノベーションというよりは、
日本語に特化したモデルや特定の業種に特化したモデルなどが話題になります。
また世界最先端のレベルの半導体を製造する工場の建設もすすんでいます。20世紀に日本が高度成長やバブルと
言っていた頃、経済成長の中心は製造業の工場でした。研究所も工場の隣に建っているうちはそれなりに好調
だったのですが、円高で工場が海外に進出しオフショアビジネスが中心になると、研究所もなぜか
元気がなくなりました。21世紀になって、米国の急成長したIT企業はファブレスの形態が中心でしたが、
ファブレスは日本には馴染みませんでした。回路設計など腕の良い技術者はいたのですが、設計に使っている
ソフトウェアはほとんどが海外製で、バージョンが変わっただけで突然作業が中断したり、効率が悪く、
技術はソフトウェアを作っている海外の企業に蓄積される状況でした。20世紀に海外工場でノックダウン生産
するようになっても、技術が蓄積するのは、主要部品や工作機械をつくている日本の工場といっていた、
時代が急に逆回転し始めた印象でした。
これを再度逆回転の逆回転にする方法はなかなか思い浮かびません。私が考えてこの方法だといって、そうだそうだ
ということになるとはとても思えません。
日常活動でも日本人とデジタル技術の相性が悪いのかと思うことがあります。マイナ健康保険証はなぜか
強引に進んだのですが、消費税の軽減税率導入のタイミングで始まった、適格請求書発行の際に
デジタルインボイスを使用する企業はほとんどありません。
デジタルインボイスの本体はxmlのファイルで、通常のxml Name Spaceの他に、
7個のName Spaceが宣言され、例えば、cbcはxsdのCommonBasicComponents−2で
取引相手や、取引の方法、金額などを示し、cacはxsdのCommonAggregateComponents−2で
それらの要素を集約した単位を示すタグです。また価格などのタグは、Name Spaceタグと共に
使用すると、Universally Uniqueであることが保証されます。
消費税の軽減税率が導入された時、法人番号を示す特別な印鑑をつくって、アナログな方法で規則は守るのに、
デジタルインボイスは導入しないという対応は、世界的にみると相当特殊な対応です。
多くの取引でデジタルインボイスが使われていれば、例えば、お米がスーパーの棚から消えた時、
緊急事態なのでお米に関する取引のインボイスを提出してくださいといえば、
いつ、誰から誰に、いくらでどれだけのお米が取引されたかがわかり、POSシステムのデーターと連携すれば、
現在の在庫の状況がすぐにわかります。それにも関わらず、消費税の軽減税率導入反対とともに、
デジタルインボイスの廃止を訴える党があり、お米がスーパーの棚から消えても、供給自体には何の問題もなく、
どこかに目詰まりがあるが、どこに目詰まりがあるかはわからないし、調べる計画も無いと言い、
自分の所には売るほどお米があると言った人もいました。あるなら本当に売って欲しいと思いました。
デジタルの分野でイノベーションを起こすにはOpenAIのような、大規模な投資が必要です。
日米関税合意に基づいて日本側が約80兆円の対米投資をするなら、そのうち20兆円くらい使って、
孫 正義氏がアメリカにデーターセンターを建設して、日本の大学などからのリモートアクセスについては
使用料を無料にし、データーセンターを運営するための電気代はトランプ大統領が払う位の
思い切った投資が必要です。大規模データーセンターだけでなく、エッジAIの技術開発も必要です。
RISC−VのアーキテクチャーのプロセッサーでAIの推論を行うということが、中国をはじめ
世界中で急速に広まっています。アーキテクチャーがオープンだから、日本でもやろうと思えばできると
言っていると、家のなかは中国製のAIチップを含む家電製品で溢れているということになります。
ARグラスは中国が進んでいると感じます。油断大敵です。
あるいは家電製品が故障した時に、自己診断して、修理のための手配方法などを提案してくれる
AIチップが搭載されていいる機種があれば購入するかもしれません。
そのような、AI分野の研究開発の促進とあわせて、日常生活で、デジタル技術の利用を促進しなければなりません。
その試金石ともいえるのが、「給付付き税額控除」の制度設計です。
マイナ保険証が利用者にとってのメリットがそれほど明確でないのに対し、給付付き税額控除は、
すべての人が、減税になるか給付金を受け取ることができるので、早くしてほしいという要望があります。
まず実施時期ですが、今年の年末調整からというのはどう見ても無理ですが、2026年の通常国会に
法案を提出して、2026年度から遡及適用し、2026年の年末調整と2027年3月の確定申告から実施
するくらいのスピード感が必要です。マイナンバーカードを持っていてe−Taxで確定申告するのなら、
年末調整用の紙の資料を作るより簡単な場合もあります。事業所の経理の負担軽減をめざして、
e−Taxでの確定申告を推進する必要があります。もちろんマイナンバーカードを持っていない人への
配慮も必要です。
松本デジタル相は、「給付付き税額控除を実現するには、各世帯や個人の所得、資産などをきめ細かく集める必要がある。
(国内在住者らに)どれだけ協力していただけるかというところはかなり大きいので、
それは我々の努力が必要だ」と述べ、「我々はもう少し分かりやすく説明していかなければいけない」と語りました。
妥当な面もありますが、”給付付き税額控除を実現するには、各世帯や個人の所得、資産などをきめ細かく集める必要がある。”
の部分には、デジタル技術の利用を促進する上での根本的考え方として大きな問題があります。
税額控除は、所得税の納付税額の計算で、課税総所得金額に税率を掛けて算出した所得税額から最後に
控除する金額です。高額所得者に対しては税額控除を行わない仕組みにするために、
各世帯や個人の所得、資産などをきめ細かく集める必要があるということでしょうが、仮に全国民に
5万円減税または給付するとして必要な予算は6兆円くらいです。あるいは、同じく税額控除の
住宅ローン控除の所得制限の、合計所得金額が2,000万円以下と同じ規則を適用することにすると、
激しく不合理なことがおきるのでしょうか。デジタルシステムとして考えるべき事と、法律や制度として
考えるべきことの切り分けができず、いつまでたってもシステムが出来上がらず、出来上がる前に変更箇所
の数ばかり膨らむというのが、日本において、業務のデジタル化が進展しない最大の障壁です。
その日本の問題点を追認するかのような発言がデジタル相からあるというのは非常に遺憾です。
各世帯や個人の所得、資産などの把握に問題があるなら、税額控除を適用する前の
現在の納付税額にも同じ問題が含まれているということです。給付付き税額控除の議論と切り分けて、
現行の所得税法あるいは関連規則の不備として、早急に議論すべきです。
e−Taxを使わない人は、給付付き税額控除を適用しないとか、逆に所得税を払わなくて良いことにすれば、
システムの設計は楽になりますが、それでは著しく課税の公平性が失われます。
「(国内在住者らに)どれだけ協力していただけるかというところはかなり大きいので、それは我々の努力が必要だ」
というところはまさに的を射た発言です。
まず必要最小限の機能で、給付付き税額控除を早急に実現することが大切ですが、将来の案件として、
e−Taxなどデジタルシステムの活用には大きな可能性があります。
所得の壁の大きなな要因が、所得税が超過累進税率なのに対し、社会保険料が所得が
ある金額を超えると限度を超えた分だけでなくすべての所得をもとに社会保険料を計算するからです。
お金の徴収を物理的に区分することが、おさいふ会計をおこなうための条件というのはアナログ時代の考え方です。
将来は社会保険料も含めてお金の徴収の仕組みをデジタル時代にふさわしいものにする必要があります。
全国的に人手不足が深刻になっていますが、地方自治体も例外ではありません。従来の仕事の分類にこだわることなく、
デジタル技術を活用することで合理化が可能なものは継続的に見直す必要があります。
所得税も個人住民税も所得に対する課税ですが、所得税は申告課税で、個人住民税は賦課課税で、徴税は地方自治体
により行われます。デジタル技術を活用することで統一して徴税する可能性を検討すべきです。
また地方自治体では、固定資産税を徴収するために、調査をして土地を含む固定資産の評価額を決定します。
国税庁は、相続税の申告の際に指標となる、土地の路線価の調査を行います。土地の路線価の調査はすべての地域に
対して行うわけではなく、倍率地域とよばれる固定資産税評価額に倍率を掛けて土地の評価額を決める
地域もあります。デジタル技術を活用することで固定資産税でも相続税でも統一して固定資産の
評価額を調査する方法が実現すれば、人手不足の解消が図られる可能性があります。
このように、行政事務において、デジタル技術を活用して業務の合理化をはかるべきですが、
そのためにはいくらでも予算を使ってよいということではありません。
政府のシステム経費が明快になりません。デジタル庁の令和8年度の予算概算要求額は、6,100億円あまりですが、
デジタル政策に詳しいコンサルティング会社が各府省庁の主要なデジタル関連予算を分析した結果では、
政府のシステム経費の合計額は1兆209億円で、システム経費については、情報システムの運用、保守などに必要な
経常的経費の「運用などの経費」と、情報システムの新規開発や機能改修・追加、更改及びこれらに付随する環境の
整備に必要な一時的な経費である「整備経費」があって、2023年度は補正予算で支出される基金を含む
デジタル関連予算の合計額が7兆円を超えているなど、何がなんやらわからない状況です。
ガバメントクラウドについても、政府情報システムの運用コストを3割削減するとした目標はとても達成不可能で、
以前より増えるという予測もあります。
特に、補正予算で基金を積み立てることについては内容を公開して慎重に吟味すべきです。
公共システムでは、中央省庁の人が立案して、AWSなど、海外製のクラウドを使う場合、
中央省庁の人が直接GAFAMの開発エンジニアと議論することはほとんどありません。
中央省庁の側は、計画を実施するための機構が作られ、GAFAMなどの会社は日本国内の
CSP(クラウド・サービス・プロバイダー)を経由して交渉をおこなうことが一般的です。
ガバメントクラウドであれば、総務省の人とデジタル庁の人と、GAFAMの開発エンジニアが
村役場に行って、窓口の人や利用者と話せば、いろいろなアイディアがでてくるし、翻訳ソフトが発達した現在では、
話し合いは可能だと思うのですが、実際は、機構の人とCSPの人が何を話しているのかわからないような
議論をしていることがあります。GAFAMの開発エンジニアの人の立場から見ると、
日本のシステム利用者は、新規システムの開発にあって要望を調査しても何も意見がでてこないのに、
運用に入ってささいなトラブルが発生すると、執拗に説明を要求するということがあります。
給付付き税額控除の案件であれば、合計所得金額が2,000万円以下という同じ規則を適用すれば、
すでに稼働しているロジックとコードがそのまま使えます。各世帯や個人の所得、資産などをきめ細かく集めることで
得られる課税の公平性の確保による便益と、調査のために必要となる経費や、新しいロジックやコードを開発し、
検証テストを行うための費用、さらに運用に入って新しいコードにバグが見つかって保守のために要すると予想される
費用を比較衡量した結果を公衆の縦覧に供するべきです。さらに、岸田政権の際に行われた
4万円の定額減税は、2024年10月の衆議院選挙より前に減税をおこなうために、年度の所得が確定する前の
6月の源泉徴収から減税を始めたために、合計所得金額が2,000万円以下という規則の適用も含めて、
混乱が起きましたが、仮に年度の所得が確定した年末調整あるいは確定申告で、減税を行っていたら、
実施のための整備経費と運用などの経費がそれぞれどれだけ節約できたかの検証をおこない、
同じく公衆の縦覧に供するべきです。立憲民主党から、給付付き税額控除が実施されるまでの経過措置として、
食料品の消費税率をゼロにする法案が提出されましたが、合計所得金額が2,000万円以下の人に、
すべて税額控除を実施することにして、各世帯や個人の所得、資産などをきめ細かく集めるのをやめて、
2026年末の年末調整から給付付き税額控除を実施すれば、経過措置は不要です。消費税の変更に
関連するシステムの改修も不要になります。
法案の策定や政策の実施方法自体を従来のアナログ時代の発想から、デジタル時代の常に実施のための
システム・コストを考慮するやり方に変える必要があります。減税の額を少しでも減らすための複雑で難解な規則
を策定して、財政健全化に貢献したような痕跡を残すことが高い業務評価を得ることにつながるという
従来の財務省の基準で業務をおこなってはいいけません。財務省の人は公務員試験に合格した人の中でも
優秀な東大法学部卒業の人が多く居ますが、国の予算の策定に必要なマクロ経済学や会計学の知識を
十分に身に着けているかどうか疑問です。元来優秀な人なので、マクロ経済学や会計学に詳しい人と仕事を
行う機会があれば容易に身につけることが出来るでしょうが、人材の多様性がイノベーションに必要だという
ことのまったく逆の事を行っているのが現在の財務省の人事のように思います。
電子カルテ情報共有サービスのシステム開発においても、カルテの法定保存期間の5年間を所与として
システム開発をしてはいけません。まずIT技術の視点で考えて
永久保存を前提としたシステムを開発し、法律の規定や実際の運用を考慮して、システムの仕様書を
決めるというように、考え方を改める必要があります。IT技術の視点で考えれば、
データーの永久保存のためのハードウェアーの価格のほうが、リレーショナルデーターベースの
データーの完全性、正確性、一貫性を保証した上で、5年経過時点で消去するためのロジックとコードを
開発し運用するための費用より安くすみます。医学部に合格するのは普通科高校で最も成績が良い人という
現在の仕組みを改め、人材の多様性がイノベーションに必要だということを医療の現場に持ち込む必要があると思います。
20世紀後半が、コンピューター技術が発達した時代だとすれば、21世紀前半は、IT技術の利用で、
あらゆる産業や社会の仕組みが大きく発達する時代です。最初のコンピューターが、
イギリスの数学者アラン・マシスン・チューリングとハンガリー出身のアメリカ合衆国の数学者
ジョン・フォン・ノイマンによって発明され、現在に至るまで、IT技術はアメリカの企業と
Armなどのイギリスの企業で開発されてきました。日本ではIT技術を活用したイノベーションは起きないかも
しれません。現在、日本政府は、日本を「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」とすることを目指しています。
米国が世界で最も先進的な環境を提供していると考えられる一方、EUは包括的なAI規制(AI法)を導入しており、
AI活用の際のリスク管理と人権保護を重視しており開発環境のアプローチが異なります。
日本は開発の自由度を保ちつつ、リスクにも対処するバランス感覚が特徴といわれます。理想ですが、
実施には困難もともないます。企業の内部統制監査で日本独自の方法を採用し、米国で行われている
ダイレクト・レポーティングは採用していません。私は、米国のやり方をそのまま導入したほうが良かった
と思っています。また、外部取締役や外部監査役を取り入れたため、以前は、企業によっては機能していた、
取締役会や監査役による内部統制の監視能力も低下している場合があります。米国のやり方とEUのやり方の
良いとこどりは理想的ですが、よほど注意して実施しないと悪いとこどりになります。
たとえ、日本が世界で最もAIを開発・活用しやすい国になるのが一筋縄ではいかないとしても
人口と生産労働人口が減少する日本では、IT技術を活用した業務の合理化で、生産性を向上することが必須です。