各種のコラム --  3ー173 データに飲み込まれる世界

                                      2025年8月1日  

    3ー173 データに飲み込まれる世界
    
    
   経産省は2025年4月30日、「デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」
  と題したリポートを公表しました。
  
  これまでデジタル赤字は日本銀行が公表する「国際収支統計」を基に集計してきましたが、
  経産省の分析モデルは非デジタルの取引をほぼ含まないもので、ソフトウエアを
  「アプリケーション」「ミドルウエア/OS」に分けるなど、デジタル取引の内訳をよりきめ細かく分析しています。
  ”ソフトウェア、そしてデータが、世界を飲み込んでいる。
  飲み込む側に回るのか、飲み込まれる側に甘んじるか、我が国は最後の分水嶺に立っている。”
  という言葉が、そのレポートのおわりに書かれています。
  年金制度の見直しや、少子化対策の政府のレポートをみると、経済が成長する楽観的状況や、そうでない
  悲観的状況などの分析がありますが、全体が楽観的すぎるのではないかという印象を受けますが、
  この経産省のデジタル経済レポートは相当悲観的です。2024 年現在において、デジタル関連収支は 6.85 兆円の
  赤字を計上しており、ベースシナリオで、2035 年に約 18 兆円のデジタル赤字を計上すると推計しています。
  さらに悲観シナリオでは、2035 年に約 28 兆円のデジタル赤字、聖域なきデジタル市場の
  ソフトウェア-ハードウェアの主従逆転に伴いモノを含めたソフトウェア・データ市場の赤字は最大で45 兆円まで
  拡大する可能性があるとされています。
  今回のコラムはこのレポートを読んでの私の感想です。
  デジタル赤字を、経営コンサルティング、SI、ソフトウェアー、デジタル広告などの8つの分野に分け、
  それぞれの分野で、国内市場のシェア、海外市場の日系シェアなどに区分して詳細に分析しています。
  詳細な分析はさすがと思う反面、話題が経産省と民間企業の話に終始しており、デジタル庁と共同で分析するとか、
  総務省のマイナポータルやガバメントクラウドのシステムについて、分析すると、
  もっと多角的な分析ができたのではないかと思いました。
  
  デジタル赤字拡大の問題を解決する手法として、レポートでは、ミドルウェアの開発で優位性を保つことが有効としています。
  根拠は、その汎用性から利用者の最大数がターゲット市場によって決定されるアプリケーションと比しても、
  利益の収穫逓増の効果が更に働きやすいソフトウェアであり、その開発コストは、一般的に莫大な初期投資が必要な汎用OS
  と比すると少なく、技術水準次第で新規参入者が耐えうる水準であり、開発コストあたりのドミナントデザイン強度が
  アプリケーションやOS に比して高く、一度ドミナントデザインとなったミドルウェアは、多数のアプリケーションに採用
  されるため、追加の開発投資が比較的少なくても市場シェアが大きく伸びる傾向にあるからとしています。
   
  私の感想は、このレポートの分析とは異なります。
  まず、分野を分けた詳細な分析ではなく、思いつきの感想です。
  それから、ミドルウェアで優位性を保つのは非常に困難だと思います。ミドルウェアの代表的な製品が
  RDB(リレーショナル・データー・ベース)です。Oracle、OSSならPostgreSQL
  クラウド型ならBigQueryなどが有名です。製品の選択は一般に非常に保守的です。
  データーを入力、蓄積するので、一度使い始めると、継続して利用できることが重要です。
  ミドルウェアの開発を新たに始めるのは、上からも下からも文句を言われる中間管理職のようになって
  困難を極めるのではないかと思います。
  ERPのSAPも、アプリケーションに分類されることもありますが、独自のカラム型データーベースを
  持っているなど、ミドルウェアの性格を持っています。私には古めかしい部分もあるユーザーインターフェースや、
  ABAPを使ったコーディングは、大陸式簿記法と同じ位存在理由が不明ですが(個人の感想です)
  SAPは世界的に絶対的な地位を築いています。
  むしろOSのほうが、新しいものを使ってみようということがあります。同じLinuxでもFedoraと
  Raspberry pi OSでは、ターゲットとするハードウェアーが異なります。
  Raspberry piにFedoraを導入することは可能で、ブルーベリーパイにするという人もいますが、
  わりと頻繁にリブートするような使い方では、起動が速いRaspberry pi OSのほうが適しています。
  また、実現してほしいと思うものがあります。AMD(Xilinx)のFPGAと一体となった、ArmのMPUでは
  PetaLinuxがサポートされているのですが、構成の設定をビルドする前にメニュー式で行う必要があり、
  稼働後にコマンドで追加できる多くのLinuxを使っているとなかなか馴染めません。
  ブートの際に、FPGAのビットストリームファイルを読み込む必要があるので、他のカーネルは使えません。
  PetaLinuxのカーネルを使って、ルートファイルシステムは、Ubuntuにして使っているのですが、
  導入が不便なので、Ubuntu、Fedora、Raspberry pi OSなどのようなユーザビリティーで、
  FPGAと一体となったMPUをサポートするLinuxのディストリビューションを作って欲しいと思っています。
    
  またレポートでは、 アプリケーション事業者は、プラットフォーム事業者により提供されるソフトウェア、インフラストラクチャに依存する
  「デジタル小作人」であるという言論が世に広く浸透しているとしています。
  このレポートに限らず、 GAFAMを中心とする経済圏は、これまでのグローバル資本主義とは異なる新しい経済の形態として、
  生産財の独占ではない「テクノ封建制」という仕組みをつくりだし、小作人からレント(年貢)を徴収するように富を搾取する
  時代になったというようなことが、話題になっています。しかし、私は、「稼げるデジタル小作人」や「デジタル自作農」を
  目指すのが正解ではないかと思います。
  世界的なクラウドシステムを利用する、小作農であっても、特定の分野で、唯一絶対と言われる地位を築けば、
  「稼げるデジタル自作農」になることが可能ではないでしょうか。
   
  一例としてドローンがあります。 ドローンの機体は中国のDJIが世界的に7割〜8割のシェアをもっています。
  しかし、ドローンの鍵となる技術のひとつはドローンコントローラーと呼ばれる、センサーを装備して、ドローンの飛行を
  制御するコントローラーです。また監視用ドローンなら搭載されるイメージセンサーです。
  ドローンコントローラーに搭載されるソフトウェアーは、日本発のOSSのArduPilotが世界的に
  かなりのシェアをもっています。ArduPilotはソフトウェアーでコントローラーはPixhawkとよばれます。
  DJIのSDKを使うのはよくないということではなく、ArduPilotを使う人を増やしていくのが良いと思います。
  機体を設計する人と技術を共有して、ドローンの分野での世界での地位を向上させることは好ましいことです。
  ドローンは、回転翼で下降気流を発生させて揚力を得ますが、その際ドローンの周りでは、上昇気流が発生します。
  しかし、点検などで設置物に近づきすぎると、壁とドローンの間に上昇気流が発生する空間がなくなり、
  揚力が発生しなくなって、壁と反対側の回転翼だけに揚力が働き、ドローンが回転して、
  壁に張り付いたような状態になることがあります。このような状況での制御技術を開発するために、
  機体を設計する人とソフトウェアーを開発する人が協業できる体制や、両方の技術を持った人を育成することが重要です。
  また日本初のペロブスカイト 太陽電池は軽量なので、ドローンに搭載できる可能性があります。
  昼間だけに限られますが、仮に充電なしに飛び続けられるドローンができると新たな使い方がいろいろな分野で
  考えられます。人工衛星での監視技術も向上しているので、どれほど価値があるのかは知りませんが、
  イメージセンサーを積んだドローンが常時飛行していて、送信された画像をAIで監視していれば、
  津波の監視や安全保障のための国境監視の能力が向上するかもしれません。
  国土交通省の河川事務所などの出先機関が続々マインクラフトのゲームに、実際の施設を再現しているのは、
  良いアイディアです。図面を使っているのかと思っていたのですが、スマホのLiDARスキャナーで
  計測、測量しているそうで、さすがプロの仕事だと感心します。
  CiM(Computation in Memory)というメモリーと演算器を一体化することで、
  従来の課題であるメモリーのデータ移動に使われる電力を大幅に抑えられる技術が研究されています。
  この技術が実用化されると、GPUを使うAIと比較して、消費電力が1,000分の1に抑えられる
  可能性があるということで、エッジAIへの応用が期待されています。
  AIデーターセンターを建設するために、原子力発電所を建設するという話がありますが、
  AIの推論がクルマのバッテリーで可能かドローンのバッテリーで可能かというような分野から、
  最新の技術が生まれる可能性があります。エッジAIの分野で、唯一絶対と言われる地位を築いて、
  「稼げるデジタル自作農」になるというのも、可能性のひとつとして検討すべきです。
  
  コンテンツ産業は輸出金額が増加して、自動車産業に続く規模になるといわれています。
  デジタル赤字を解決する効果的な方法です。また、聖地巡礼などでインバウンドにより、国際収支を改善します。
  コンテンツ産業にはまったく死角がないかというと、そうではありません。キャラクターは日本発のものが
  有名ですが、マネタイズの方法が確立しているとはいえないエリアがあります。
  ウェブトゥーンといわれる縦にスクロールして読むデジタルコミックは、韓国発の技術です。
  キャラクターとデジタル技術とのコラボレーションを考慮する必要があります。
  映画『ゴジラ-1.0』で、アカデミー賞の視覚効果賞を受賞したのは素晴らしい成果ですが、
  紹介するテレビ番組を見た印象は、視覚効果がラボの地下のサーバーシステムを使って開発されていて、
  もしこのラボがゴジラに襲われたら、開発が中断するのではないかと心配になりました。
  グーグルと張り合うシステムを持つべきとはいいませんが、もっと日本全体がデジタルシステムに投資する
  環境になる必要があります。
  デジタル録画機の販売台数は2019年では252.5万台でしたが、2024年は、104.5万台に
  顕著に減少しました。以前はテレビ番組をテープやDVDに録画する人が多かったのですが、
  最近はネット配信が主流になりました。しかし、過去のすべてのテレビ番組がネット配信で視聴可能と言うには
  ほど遠い状況です。日本の家電製品の売上が落ちたのは、2,000年頃から、リストラされた
  家電技術者が台湾や中国に行った のが大きな原因です。待遇の問題もあったのですが、
  日本にいてもやりたい仕事ができなかったという声をよく聞きます。コンテンツ産業も一部の
  有名作者だけでなく、作品を加工制作する人や、関連するデジタル技術者全体の組織的な発展を考える必要があります。
   
  山形新幹線のE8系電車が突然止まるという事故が起きました。補助電源装置が止まったのが原因で、
  最初ニュースを聞いた時は、暑い日だったので、熱中症の暑熱順化が不十分だったのかと思いました。
  PCにも温度センサーがついていて、ファンの回転数を上げたり、それでも不足ならMPUのクロック数を
  下げたりします。同じように 温度センサーがついていて、設定を間違えていて、暑くなった日に作動停止したのかと
  思ったのですが、そんな単純な原因ではありませんでした。事故が起きてから1ヶ月以上経って、
  ようやく原因がわかったようで、単独運転が再開されました。
  補助電源装置は重要な装置で、最近まで走っていた寝台列車の「カシオペア」は1編成しかなかったのですが、
  そのなかの1両だけ、予備車が用意されている車両がありました。札幌よりの12号車、ラウンジカーです
  1階部分に発電機が積んであり、この車両をつないでいないと、編成のすべての車両に電気が供給されなくなります。
  予備車は古いブルートレインの電源車を銀色に塗ったもので、ラウンジはありません。
  E8系の事故では、原因はわかったようですが、設計のどこかにブラックボックスの部分がありそうな感じもします。
   ソフトウェア-ハードウェアの主従逆転に伴いモノを含めたソフトウェア・データ市場の地位が高くなる
  一例といえます。E3系電車は台車ヒーターがないので、冬にブレーキの締付け力が不足するという事故を
  起こしました。それなら、冬 はE8系を使って、夏はE3系を使うというのは、
  あまりに場当たり的で根本的対策になりません。E10系は、北海道からインドまで使う予定なので、
  抜本的対策が必要です。
  ソフトウェアの開発段階では、失敗をしても死傷事故になることはなく、材料が無駄になることもありません。
  人件費はかかりますが、「私、失敗しないので」のような人がいるとは誰も思っていません。また、一度誰かが
  出来たことは、コピー、ペーストで誰でもできるようになります。一方、千個のステップのひとつが間違えていても
  結果がゼロになることが普通です。ほとんど出来ているような結果になることはまれです。
  このようなハードウェアの開発と異なる部分が、日本人の性格と相容れないことがありました。
  しかし、自動運転や介護ロボットなどでは、開発段階で失敗すると死傷事故になることがあります。ソフトウェアの開発に
  他の機械装置の開発のような要素も加わってきます。日本の自動車メーカーのなかにも、
  地域毎に、提携するITメーカーを選ぶ会社もあれば、1社に絞る戦略をとるメーカーもあります。
  そこで得意な分野と関連付けて飲み込む側に回るのか、それとも、ソフトウェア以外の得意だと思っている分野も、
  ソフトウェアに支配されて飲み込まれる側に甘んじるか、我が国は最後の分水嶺に立っているといえます。
  
  20世紀には、リレー式コンピューターから始まったこともあって、コンピューターは機械の領域だ、いや今や
  電気の領域だという議論がありました。その頃、電気も機械も関係ないコンピューターサイエンスという
  新しい領域の科学だという話は日本では、ほとんど相手にされませんでした。1990年代にインターネットの時代になって、
  日本では光ファイバーケーブルを敷設する話や、ホームページを写真で飾ることは話題になりましたが、
  どのようなデーターを蓄積してどのように検索するかについての議論はほとんどありませんでした。
  今、生成AIの時代になって、最先端の半導体工場で試作品が作られる段階になりましたが、
  何に使うどのような半導体を、どのように設計するかはほとんど話題になりません。私は、FPGA並の自由度で
  回路設計でき、MPU並のクロックで作動するデバイスができると良いと思いますが、素人なので、技術的な事や
  需要があるのかどうかはわかりません。仮にそのようなものがあっても、最小のクロック数でインストラクションに
  相当するひとつの動作を連続的に行うような回路は素人に設計できるわけないということになるでしょうが、
  出来上がるもののほとんどはガラクタだというようなOSSのソフトウェアーが、IT技術を画期的に
  進展させてきたように、多くの領域の研究者や趣味で関わる人がたくさん居ることがIT技術の進歩には必須です
  ジェンスン・フアンさんはもしもう一度大学時代にもどって学ぶなら物理学を学びたいといっています。
  日本では、生成AIの話では、チャットや多言語翻訳などの話がほとんどですが、
  生成AIの時代から生成物理AIの時代になって、さらに人間を追い越す汎用AIの実現も話題になる時、
  根本的にどのような社会にしたいのか、そのためにAIをはじめとするデジタル技術に期待するものは
  何かの議論を増やす必要があります。
  
  色々な分野でアプリケーション事業者が、ソフトウェア-ハードウェアが密接に関連するような領域で、
  世界的な地位を確立することが、デジタル赤字を削減する有効な対策になります。