各種のコラム --  3ー168 国産のIT技術を使ってみよう(続編)

                                      2025年6月1日  

    3ー168 国産のIT技術を使ってみよう(続編)	
    
   
   国産の(日本製の)IT技術を使ってみようと思って、使ってみた時の感想を記述するコラムの続きです。
  それぞれの製品を私は初めて使ってみたという状況なので、それぞれの製品の説明ではありません。
  初めて使ってみた人の感想として読んでください。
  
  最初の製品は、ArduPilotです。オープンソースの、ドローンや車両を、無人操縦するための
  ソフトウェアースイートです。ドローンにはフライトコントローラーと呼ばれるセンサーなどを内蔵した
  制御装置がありますが、それを制御しているソフトウェアーの多くがArduPilotです。
  ArduPilotのコア開発メンバーであるランディ・マッケイ氏はカナダ生まれのIT技術者で、
  日本が気にいって日本に住むことになってから、ドローンの自作に興味を持ち、
  米国を代表するドローンベンダーの3D Robotics社のクリス・アンダーセン氏と出会い、
  ArduPilotの開発に加わることになりました。さらにJapanDronesという会社とサイトを立ち上げて
  ドローンを自由に飛ばせる軽井沢に居住することになりました。私はドローンは持っていないので、
  ドローンを無人操縦したわけではありません。PC上でシミュレーションのソフトをマップ付きで動かしてみました。
  シミュレーションだけでもそれなりに面白かったのですが、カナダ生まれで日本に居住するエンジニアが
  オープンソースのコミュニティーの主要メンバーであるという点にも興味を持ちました。
  日本で開発されたソフトウェアーで日本では広く使われたのに、世界展開に失敗したものがあります。
  もとGoogleの開発者が加わって創業したサカナAIにもみられるように、本拠地が日本にあっても
  日本人だけでなく海外の人も加えて創業し、最初から世界市場を想定して事業を行う形が主流になるかもしれません。
    
  2番めの製品はRISC−VのCPUです。私はFPGAを使ってRISC−VのCPUを作ってみることに興味をもちました。
  GitHubに日本の人が公開しているコードがいくつもあったのですが、FPGAはすでに持っていたので、
  結局、Xilinx(AMD)社の設計ツールに用意されている、IPコアを使うことにしました。
  一番手軽な方法を選びました。CPUの内部を分析して、パイプラインストールや分岐命令の制御ハザードなどを
  理解することより、もっと初歩的な、基本の整数命令セットのCPUと浮動小数点命令の拡張を備えたCPUで
  計算の精度や実行速度はどう変わるのかなどを、試してみようと思ったので、
  クリックするだけで、いろいろな構成のRISC−VのCPUを作ってみることが出来る方法を選びました。
  1足す1が2ではなく、3にも4にもなるようなシナジー効果を期待するというのは、会社の組織変更の際の
  定番ですが、ほとんど実現しません。しかし、たまにはそうなるのに対して、
  1コア足す1コアの性能が2ではなく、3にも4にもなるような現象は、私は見たことがありません。
  4コアで性能が2倍になる程度の印象です。FPGAの容量の範囲内で、複数のIPコアが使えるので、
  これも試してみるつもりです。
  日本の人が公開しているコードはいくつもあるけれども、使っている設計ツールが海外製なので、
  結局一番手軽な方法を選ぶと海外製の製品を選ぶことになるということがしばしば起きます。
  また、RISC−VのCPUは自分でカストマイズした命令が追加できるなど、用途に応じた設計の拡張性が
  話題になりますが、言い換えると、RISC−VのCPUといっても、ロードモジュールのポータビリティーが
  保証されないケースが増えます。命令セットがオープンソースなので、使用するCPUでコンパイルできれば、
  稼働する確率が向上しますが、そのためにはソフトウェアーもオープンソースである必要があります。
  x86やArmのアーキテクチャーに対して、RISC−Vのアーキテクチャーがどれほど広まるかは未知数ですが、
  もし、RISC−Vのアーキテクチャーが広まると、ソフトウェアーもオープンソースである必要があるとか、
  ハードウェアーとソフトウェアーを総合的に考えることが出来るエンジニアが必要になるなど、
  IT業界全体にいろいろな変化が起こると思います。
  ドイツに本社がある、自動車メーカーや各種産業向け半導体メーカーのインフィニオン テクノロジーズ社が
  車載初のRISC−Vマイコンを発表しました。日本の自動車メーカーの動向も注目ですし、
  自動車のエンジニアにもCPUのハードウェアーやソフトウェアーの知識が必要になるかもしれないというのも注目です。
  AIの分野では、なぜそのような判断をしたのかわからないといわれてきましたが、自動運転に関連して、
  LLMの技術を使って、なぜそのように判断したかを言葉でしゃべるような方法が研究されています。
  ニューラルネットワークの計算の途中経過には意味がなくて結論が重要といわれますが、
  気象予測に使う、有限要素法の立方体は、各点がその時点での圧力や流速を示しています。
  ニューラルネットワークと物理法則を結合して使用するような研究で、ニューラルネットワークの判断過程が
  明らかになるかもしれませんし、トランスフォーマーのアテンションの考え方で、
  エル・ニーニョ現象のような離れた場所の現象で、気象に大きな影響を与えるような現象の研究が進むかもしれません。
  各種の分野の技術者がIT技術に詳しくなることで、新しい成果が期待されます。
  また最近、JR総研から、踏切や信号の状況を車両が確認して自動的に走る新技術
  「自律型列車運行制御システム」を開発したという発表がありました。鉄道は、総合指令所があって、列車は
  その指示に基づいて走っているという概念で、総合指令所に現場の状況をいかにリアルタイムに具体的に
  伝えるかという考えでしたが、車両が現場の状況を確認して自動的に走るようになると、
  全体の概念がかなり根本的に変化します。鉄道のような、決まった場所しか走ることが出来ない、
  線路が一本足りなくても融通がきかないという状況で、実績を積んでいけば、
  自動運転のクルマの渋滞回避などにつながる技術が生まれるきっかけになるかもしれません。
  IT業界以外のエンジニアがIT技術の開発に加わることで、日本のIT技術の幅が広がります。
  さらに、このような新しい技術が、鉄道の赤字が問題というような列車本数の少ない区間から
  実用化されていくというのも注目です。地方創生という時、地方を東京のレベルに近づけるという発想ではだめで、
  地方でしかできないことや、まず地方から実用化していくことを見つけていくという発想が必要です。
  
  話がかわりますが、熱力学のエントロピーの法則というものがあります。熱力学第二法則とも呼ばれ、
  孤立系におけるエントロピーが、不可逆変化によって常に増大する、という法則です。
  簡単に言うと、物事は放っておくと、より乱雑で無秩序な状態へと変化するという法則です。さらに簡単に言うと、
  力学の世界には振り子に代表されるような可逆変化があります。振り子が左右に振れている時は、
  位置エネルギーが一番高く、速度はゼロです。振り子が一番下に来た時は、速度が最大で運動エネルギーが最大ですが、
  位置エネルギーは最低です。このように、位置エネルギーと運動エネルギーが可逆的に変化します。
  これに対して、熱力学の世界では、物事は放っておくと、より乱雑で無秩序な状態へと変化します。つまり、
  窓をあけておくと、部屋の温度は冬は寒くなり、夏は暑くなって、外気と部屋の中は同じ温度にはなりますが、
  これは不可逆変化であって、エアコンを使わない限り、夏に部屋の中を冷やすことはできません。
  エントロピーの法則が成り立つならば、私の預金残高はしだいに増えてゆき、イーロン・マスク氏の預金残高は
  しだいに減ってゆき、最終的に同額になるはずですが、実際はそうはなりません。どんどん差が開いてゆきます。
  何人かに聞いてみた中で納得できたのは、CAPM(キャピタル・アセット・プライシング・モデル)です。
  資本資産の期待収益率は、無リスク金利に引き受けるリスクに比例する期待収益率を加えたものになるというモデルです。
  事業家が資金を調達する時、借入金(出資者からみると貸付金)や社債より、返済や償還の義務がない、株式出資を
  好みますが、出資者からみるとリスクがあるので、社債の金利より高い配当金や、上場株式なら、株価の上昇が
  期待されないと出資しません。リスクがあるので、お金持ちの人でないと、出資できませんが、
  数多く出資するとそのうちいくつかのスタートアップ企業は、ユニコーンとなり上場した時には、出資者は
  多額の利益を得ます。
  
  なぜこの話を思い出したかというと、アメリカのAI企業はNVIDIAやGoogleなどだけでなく、
  Cerebras  や SambaNovaやSystems Tenstorrentなどの企業があります。 
  それぞれ、シリコンプレートを切り出さずにそのまま巨大AIチップにするとか、
  データーを読み込んで演算をしてメモリーに戻すというノイマン型ではないデーターフロー型の演算をするとか、
  AIの計算にRISC−Vの命令セットを使うとか、研究としては大変面白いと思う反面、
  すべてが順調に事業を拡大することに関しては、かなりリスクもあると思います。
  このようなリスクがある事業に投資する人が居ることが、アメリカの発展の源泉だと思ったこともありますが、
  最近少し様子が変わってきたかもしれません。
  GoogleのAndroidのソフトウェアーを開発する時、UIで結構悩みます。
  数年前に、Kotlin Android Extensionがdepricateになったころから、
  bindingやJetpackなど新しいものは次々出てくるのですが、変更が面倒なだけと感じる状況です。
  自分が使うだけのアプリを作る時は、今だにLinearLayoutを使っています。ChatGPTに
  Activityのコーディングを頼んでもLinearLayoutを使うので、私のやり方も、
  けっして、depricateではないと思っています。
  1990年代にアメリカがインターネットの技術仕様やルール、情報をまとめ、共有する目的でRFCを公開した時、
  東西冷戦の終了とあわせてIT業界にも新しい風が吹いていると感じましたが、
  四半世紀過ぎて、時代に変化が起きているのかもしれません。GoogleのAndroidのソフトウェアーの話も、
  少数の会社で業界を寡占することの弊害がでているのかもしれません。
  そして、最近トランプ大統領が世界を分断しているのではなく、世界の分断がトランプ大統領を生み出したのかもしれないと
  思っています。アメリカが先端半導体の中国への輸出を禁止した件について考えてみます。
  安全保障の見地から、中国が最先端半導体を持つことは暗号解読などの観点で問題があるかもしれませんが、
  一般の半導体を考えると、必ずしも最先端半導体が必要なわけではありません。
  PCを使っている場面を考えればわかりますが、ひと世代古い技術で製造したCPUで十分に使用可能です。
  最先端半導体の製造技術を持つ企業が市場の総取りになるのは、最先端技術で製造した、2番目か3番目の性能の
  CPUのほうが、ひと世代古い技術で製造した、同じ性能のCPUより製品製造原価が安いから、
  最先端半導体の製造技術を持つ企業が利益を総取りする形になるからです。輸出禁止で製品が入ってこないとなれば、
  中国のようにそれなりの国内市場がある国なら、ひと世代古い技術で製造したCPUで十分に利益が確保できます。
  日本が失われた30年間といわれた期間、アメリカが世界のIT業界をリードしたからといって、
  それが永遠に続くとはかぎりません。
  マイクロソフトのWindowsのソフトウェアーはものすごくブームになる時と、評判が今一歩で、
  以前のバージョンのほうが良かったといわれる時期があります。それに対して、Linuxはいろいろな
  ディストリビューションがあるので、全体的に落ち込むということがありません。インターネットも
  当初の想定通り、全体が停止するという障害は一度も起きていません。
  やはり、IT技術の世界でも、大国間のディールより、国際協調が大事です。
  
  日本のIT技術について、私は常に考えることがあります。SEが企業に行った時、まず連絡をとるのが、
  システム室などと呼ばれるコンピューターを管理する部門だったのですが、20世紀にシステム室に居た人は
  10人のうち9人が配属ガチャに外れたと思っている人でした。設計や営業に行きたかったという人ばかりで、
  IT技術に興味をもつ人はほとんどいませんでした。今はどうなっているのか、はっきりはわかりませんが、
  IT業界のスタートアップの人の話を聞くと明らかに、IT業界の仕事をやりたくてやっていると感じるので、
  時代が変わってきているようです。
  一方で、最近戸籍謄本にふりがながふられるという件に関連してマイナポータルを使ってみた時の感想は、
  国産の(日本製の)IT技術を使ってみるしかないから使ってだけで、二度と使いたくないというのが私の感想でした。
  検索サイトがAI検索になっているので、その指示通りの手順で行った所、確認できました。
  オンラインカジノの規制が話題になっていますが、政治資金規正法に関連して、金銭の取引の内容を誤魔化そうという
  発想で、オンラインカジノの取引だけを規制しようとしても無駄な努力だと感じます。
  IT技術が物理の法則のように、自分にだけ都合良く利用しようとしても不可能な時代になりつつあるということが理解されていません。
  例えば鉄道の相互直通運転と、IT技術とは無関係のように思われますが、ボルスター(枕ばり)のついた台車の車両で
  ないと乗り入れることが出来ないというのは、意味のある規定ですが、高速運転をする車両では、
  ボルスターレス(枕ばりのない)の台車のほうが明らかに優れているということもあります。
  そうすると高速運転をする車両が乗り入れ出来ない区間が発生します。
  その課題をどのように解決するか考える時、IT技術のグローバルスタンダードについて考える時と発想は同じです。
  また、現在の携帯でもステップカウンターはかなり正確なので、屋内でも移動した距離は相当正確にわかります。
  しかし移動した方向がわからないのですが、地磁気を観測できるレベルの携帯式センサーができたり、
  地球の自転軸を検知することができるジャイロセンサーが実用化すると、建物の3Dマップと組み合わせて、
  屋内のナビが現実のものとなり、方向音痴の人の強い味方になるとともに、緊急時の避難誘導の強い味方になります。
  IT業界以外のエンジニアが自分の事としてIT技術の開発に加わることが重要になります。 
  
  そういうなかで、これからの日本のIT業界はいかにあるべきか?それは私にはわかりません。私が簡単にわかるくらいなら、
  すでに実現しているはずです。
  ただ、国産の(日本製の)IT技術を使ってみよう というコラムでいろいろなソフトウェアーを使ってみて
  思うことはあります。
  大学の研究室で最先端の研究を行い、場合によっては企業と連携して活動するのは、あるべき姿ですが、
  それとあわせて、ArduinoやRaspberry piあるいはRISC−Vのような、気軽に利用できるIT技術を
  一般に広める活動にも予算を配分するべきではないかと思います。
  IT技術の開発は、本拠地が日本にあっても日本人だけでなく海外の人も加えて創業し、
  最初から世界市場を想定して事業を行う形が良いのではないかと思います。
  オープンソースの文化の発展にいろいろな組織が貢献すべきです。
  ITエンジニアは従来の特定の分野に強いという能力に加えて、ハードウェアーとソフトウェアーを総合的に
  考えることが出来る能力を身につけるべきだし、自動車のエンジニアなど、IT業界以外の
  エンジニアがIT技術の開発に加わることで、日本のIT技術の幅が広がります。