各種のコラム --  3ー113 マイナンバーカードもガラパゴス化する?

                                      2023年7月15日  

    3ー113 マイナンバーカードもガラパゴス化する? 
    
  マイナンバーカードのような行政機関が発行する、身分証明書で、もっとも発行枚数が多いのは、
  インドの国民識別番号制度、アダール(又はアーダール又はアドハー 、Aadhaar)に基づくカードです。
  人口が多いから当たり前とも言えますが、普及率が90%近いだけでなく、
  アダールの個人認証を基盤として、非対面の技術やキャッシュレスなど大きく4つのレイヤー(層)を積み重ねたもので、
  各レイヤーはアプリケーション同士をつなぐAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の仕様
  を開示しており、例えばインド最大手の民間の電子決済のPaytmやグーグルペイのインド事業も、
  このシステム上で身元確認するeKYCや、同国独自のUPI(統合決済インターフェース)という仕組みを活用してます。
  
  アダールが無い時代(2010年頃まで)が、あまりにもワヤだったというのも、制度が急速に浸透した大きな要因です。
  公的な身分証明書が無いため、銀行口座が開設できない貧困層がたくさん居て、身分証明書無し、現金取引だけでは
  ビジネスを開始するスタートラインに立てず、行政機関からの給付も行き届かない状況でした。
  
  ひるがえって日本のマイナンバーカードの現状をみると、健康保険証を前提とする国民皆保険の制度が確立してます。
  なぜ、それを廃止してマイナ保険証にする必要があるのかの説明がありません。
  特別定額給付金のケースも、申請書を郵送する仕組みは良く機能していました。迅速性を欠いた部分はありましたが、
  マイナポータルでの申請を併用しなければ混乱は起きなかったのではないかというほど順調でした。
  過去に日本でリーマンショックの後に行われた、家電エコポイントの申請はスムーズに進みました。
  2009年5月末に決定され、7月1日からの申請開始だったのですが、Salesforce.comの
  クラウド上に構築されたシステムは担当者も驚くほど順調に稼働しました。ポイントの給付にマイナンバーカードも
  マイナポータルも必要ないという実績と言えます。
  2015年まで、住民基本台帳カードが交付されていました。写真付きのものもあり、各市町村のマークなどが
  ついた、個性あるデザインでした。
  それを廃止して、共通デザインのマイナンバーカードに置き換える理由は、納得できるように説明されたわけではありません。
  
  以前JICAの仕事をした時、「民間の人から見たら、不思議に思うことも多いでしょうが、我々のように、海外との
  交渉が多い部門に居て、海外との交流がない省庁の人をみると、別世界かと思います。あなたが話したら、びっくりしますよ。」と
  言われたことがあります。総務省の人とは話す機会はなかったのですが、地デジ放送に関連して、難視聴地域だったために、
  総務省のデジサポ部隊の人の説明会がありました。一方的に説明するだけで、質問には答えませんでした。
  総務大臣を経験した後、内閣総理大臣になった人で、同じ説明を繰り返すだけで、質問には答えない人がいました。
  総務省の伝統かもしれません。もし日米通商交渉に参加したら、通用しないやり方です。
  ほとんどの住民が保有する、健康保険証を廃止するというのは、日本のなかで独占した事業であって海外のことは
  考える必要がないという機関ででてくる考え方です。
  競争相手が居るという前提で考えれば、健康保険証はしばらく継続して、マイナンバーと健康保険証を紐付けることで、
  生活保障の受給者で、医療費が無料になることを利用して、複数の病院から、同じ薬を大量に受け取っている人などを
  発見する手段を提供することが出来ます。マイナンバーと健康保険証の紐付けはすべて完了しているので、
  当人がマイナ保険証を登録しているか居ないかにかかわらず可能です。リアルタイムで薬局でできるわけではありませんが、
  事後的に警告することは可能です。
  あるいは、マイナンバーカードを持っていけば、近くのドラッグストアで処方箋の薬を受け取ることが
  できる、あるいはお薬手帳をデジタルに置き換えるなど、不満がでなくて、使ってみた人がそれなりに便利だという
  ようなことから徐々に進めていきます。統計法に基づいて、サンプリングされた家庭に対し家計調査を実施しますが、
  何をいくらで買ったかを用紙に正確に記入するのは、想像以上に大変です。引き受けてもらえた家庭が、
  全国を代表するかという問題もあります。マイナンバーカードを持って買い物して貰えれば、すべての処理が自動で
  行われますということになれば、サンプル数を増やすことができます。
    
  アダールの仕様に基づいた国民識別番号制度はフィリピンやエチオピアなども導入を検討しています。技術的な仕様
  は公開されている部分が多くあり、各国が、自国の事情を考慮した制度、システムを構築することができます。
  これが、グローバルサウスの諸国に広まって、評判が良くなると、日本は、身分証明書による、民間サービスの
  利用が不便なガラパゴス化した国だということになるおそれがあります。以前、日本の家電メーカーの社長で、
  「デジタル技術は、オセロゲームの世界」と言った人がいます。日本以外のメーカーの携帯電話がほとんど電話
  の時代に、日本の携帯電話は、インターネットが使えて、ワンセグのテレビも視聴できました。
  しかし、スマートフォンの登場で、2〜3年のうちにガラパゴス携帯と呼ばれるようになりました。
  マイナンバーカードがガラパゴス化するというのもあり得ないことではありません。
  
  1990年代にバブルが弾けたあと、日本は失われた30年という状態になりました。原因はいくつもあるでしょうが、
  2つの点に注目します。ひとつは、1980年代後半、バブルだといわれた時に、日銀は、政策金利を、当時としては
  非常に低いレベルの2%台に据え置きました。1985年のプラザ合意のあと急速な円高が進んだので、
  政策金利を上げることでさらに円高が進むことを恐れたからです。しかし、バブルが弾けて経済が低迷した時に、   
  政策金利を下げるという、誰もが納得できる政策をとることができなかったことが、回復を遅らせました。
  もしいま、株価上昇のバブルが弾けるとしたら、すでに政策金利をあげている欧米諸国は、政策金利を下げることができますが、
  日本ができることは量的緩和の拡大だけです。30年前と同じことが起きるのではないかというリスクがあります。
  もうひとつは、ISO9000(9001)という、国際標準化機構 による品質マネジメントシステムに関する規格
  をなかなか採用せず、日本独自の改善活動などを前提としたゼロ・ディフェクトにこだわりました。
  東欧諸国が、ISOの承認を得て、西欧諸国に輸出するようになって、日本の企業もISOの承認を得るようになりましたが、
  規格の策定に参加してなかったために不利な面が多くありました。
  そして、ゼロ・ディフェクトの考え方が無くなったわけではなく、文書には最高の出荷基準を定めて、実際は検査で
  一部を省略するなどが続きました。最初は、社内の文書基準には準拠していなくても、実質的に安全性に問題はないという
  範囲でしたが、長く続き、しかも会社の業績が低迷してくると、安全性に問題があるものが出荷されるなどの
  深刻な問題になり、現在も完全に解決してないケースがあります。
  1980年代には日本の半導体産業は世界を席巻していましたが、急速に競争力を失いました。
  その時、各社の半導体部門を集めて再生する目的でつくられた会社でエルピーダメモリーと
  ルネサスエレクトロニクスは現状は随分異なります。エルピーダメモリーは一度経営破綻しましたが、
  ルネサスエレクトロニクスは現在絶好調です。配当こそ復活していませんが、今年前半も株価は上昇しています。
  現在、半導体産業復活で、熊本のTSMCの工場と、北海道の千歳のラピダスの工場が話題になっています。
  どちらも政府が補助金を出しますが、資本関係も作る製品も異なります。
  TSMCは台湾の資本の会社で、作るロジック半導体は、12nm〜28nmの製品です。自動車用などの半導体で
  現在日本では、40nmの製品しか作れないので、28nm以下の製品は、設計しても、製造は台湾に頼んでいます。
  需要がありそうです。アシアの資本の会社が日本に大規模投資するというのもあまり例がありません。
  一方ラピダスは、IBMの技術で、2nmのロジック半導体を生産します。データーセンターやAIで需要がありそうです。
  どちらも、日本の半導体産業の復活につながるか注目です。
  
  日本のマイナンバーカードが、ガラパゴス化するのを防ぐにはどのようにすれば良いでしょうか。
  G7議長国、国連の非常任理事国として、インド政府と話し合い、アダールが国際標準になるのを
  サポートするという考え方はどうでしょうか?
  連結財務諸表を作成する時に使う、IFRSの会計基準はイギリスの機関がまとめています。いろいろな分野で国際的に
  共通した基準が使われています。米国会計基準のように日本は基準の制定にいっさいかかわることができない 
  ものを日本が使うことのほうが不思議なことです。
  アダールを国際標準にするかわりに、オープンソース化を進めて、透明性を確保し、各国が規格の制定に関与する体制
  の構築を提案します。現在、災害対策関連の情報をTwitterで配信する自治体があります。米国の民間の
  プラットフォーマーに依存していると、ある日突然、配信できなくなるリスクがあります。
  行政機関がオープンソース化を進めて、透明性を確保した、規格に基づいたシステムを構築していると、
  リスクが低くなります。安全保障の面で、マスコミなどの情報機関の保護は非常に重要ですが、
  SNSなどのメッセージも同様の重要性をもつ時代になっています。
  世界的な行政機関の情報システムの安全性の確保について各国と話し合うことは重要です。
  国際標準の、身分証明書が各国のパスポートとしても利用されるようになれば、テロリストの排除などに、
  利点があります。一方で、日本のパスポートは信頼性が高いという、日本独自の優位性を失うことになります。
  さらに、国際標準の身分証明書に参加する連合が、複数できて、どの連合に参加するかで、
  世界が分断する大きなリスクもあります。日本国内で通用するマイナンバーカードにこだわるのではなく、
  世界全体を見て、リスクもリターンも大きな仕組みに積極的に参加する必要があります。
  G7諸国のなかには、ドイツのように国民に一連の番号を割り当てることに、強く反対する国があります。
  しかし、グローバルサウスの国で、住民基本台帳も戸籍に相当するものもまとまっておらず、
  人口が何人かも正確に把握できていないような国では、個人情報保護の観点より、とりあえず誰がどこに住んでいるのか、
  管理できるシステムがないと選挙人名簿をつくることもできないという国もあります。
  選挙人名簿は、民主主義の基礎として大切です。そして、オープンソースのシステムでデーターベースを
  構築して、運用実績を積むと、グローバルサウスの諸国が、G7諸国の行政手続きより効率が良く、
  個人情報保護のための立法や行政の手続きのノウハウが蓄積するという可能性も十分にあります。
  インドのアダールが広く普及し、日本のマイナンバーカードもすべての居住者に一連の番号を割り当てるという、
  他のG7諸国とは異なるアプローチで行政のデジタル化を進めており、しかも普及率も高くなってきて、
  大好評のため、自治体の窓口にはカードを配布するための長蛇の列ができ、自治体や病院の窓口が大混乱している
  現状に基づき、G7各国のみならず、世界の各国が、行政機関が発行する、身分証明書を中心とした
  行政のデジタル化による利便性の向上や課題、さらに安全保障の問題に関連して、侵略を受けた時に、
  行政のデジタルシステムのバックアップをどのように確保するか、正しい情報の発信をいかに継続するかについて
  議論することは大いに意味があることです。議論するだけでシステムを作るわけでなないので、人為的ミス
  が発生する心配もありません。
  
  インドが中心になって規格を制定するのでは、日本のプレゼンスが下がるのではないかという恐れがありますが、
  そうでもありません。「自分がやることはいいかげんだけれども、人がやることにはケチをつける」というと私の
  ことを言っているように思われるかもしれませんが、日本に期待されている役割でもあります。
  日本のユーザーは、ChatGPTやThreadsなど新しいサービスが開始されるとすぐに導入し
  しかもUIなどについていろいろコメントします。品質に敏感な日本のユーザーが満足すれば、
  世界中のユーザーの満足が得られる、試供品を試すなら日本で試すのが良いという意味で、世界から信頼されています。
  電車が定刻より、30秒早く発車しても、鉄道会社がお詫びを掲載する国だから、そこで問題なく良い評判をえられれば、
  そのサービスは世界中で通用するという人はたくさん居ます。日本独自のプラットフォームをつくるより、
  誰かが作ったプラットフォームを利用して、文句だけ言うほうが、世界中から信頼される可能性があります。
  
  そんなに大風呂敷を広げて、世界に向けて計画を発表して大丈夫かと心配になるかもしれませんが、大丈夫です。
  G7サミット自体、オイルショックで世界の経済が停滞しているので、皆で集まった話し合いをしようという
  フランスの大統領の思いつきで始まったものです。
  FIFAワールドカップサッカーの第一回大会がウルグアイで開催されたのは、ウルグアイがオリンピックサッカーで
  優勝して実力があったこともありますが、ヨーロッパやブラジル、アルゼンチンなどの南米の大国で開催するよりは、
  将来の全世界的なワールドカップサッカーの拡大を考えるとき、ヨーロッパやブラジル、アルゼンチンからの
  ウルグアイの独立100周年を記念する年に、ウルグアイで開催するのが良いということになったからです。
  インドのような大国が中心になって国際標準の身分証明書の規格を制定するのは良くないから、日本の
  マイナンバーカードをお手本にするのが良いということになるかもしれません。そういうことにはならないでしょうが、
  G7議長国の日本が議論の結果としての企画書をまとめて、来年の議長国のイタリアに
  引き継げば、細部にまで注意を払うラテンの性格が幸いして、すばらしい仕組みと世界的なシステムができあがる
  かもしれません。